グランプリ有限会社ゑびや
代表取締役社長 小田島春樹氏、代表取締役 小田島衣里氏
伊勢神宮内宮の参道、おはらい町には数多くの飲食店や土産物店が建ち並ぶ。「ゑびや大食堂」もその一つ。代表取締役である小田島衣里氏の実家が長年にわたって営んできたもので、衣里氏自身も子どもの頃から店の手伝いをしていた。社長の小田島春樹氏によると、公的な記録としては伊勢市の商工年鑑に「大正7年、ゑびや西洋料理」と記載されていたとのこと。さらに明治時代にはうどん屋をしていたらしく、実際には150年ほどの歴史を持つ。
しかし、小田島社長が入社した2012年は、「売上がない、利益がないという地方の中小企業あるあるの状況。社内体制や従業員の雰囲気も必ずしもよいものではありませんでした」と語る。飲食業から撤退してテナントビジネスに変更する道も検討したが、最終的には自分たちで事業を再建することにした。
「再建にあたっては、データを活用して意思決定をしようと決めました。また、特に地方企業には労働力不足の問題もありますし、経営者も発注や給与計算といった日々の業務に追われて時間が取れない。そこで、いろいろなテクノロジーを用いて省人化や省力化に取り組みました」と小田島社長。
新規事業の開拓にもDX導入にも費用がかかる。まずは資金を貯めるため、通りに屋台を出して社長自らが販売も行った。同時に、新しいアクションを起こすヒントにしようと、それまで紙で管理していた店舗データの蓄積をスタート。会計システムなどあらゆるシステムの見直しを行った。
例えば、小切手を切るのも、毎日の売上を夜間金庫に預けたりATMで記帳するのも時間がかかる。「記帳だけでも月に十数時間はかかっていました」と小田島社長。そうした手間を減らそうとオンラインバンクに切り替えるなど、使える技術をフル活用した。さらに、より有効にデータを収集・分析するため、小田島社長が中心となって自社で独自にシステム開発を進めていった。
ゑびやではPOSシステムのデータ、町の人流データ、天気予報といったオープンデータ、店内での客の動きに関するデータなど、さまざまなデータを店舗運営や経営に活かしている。
手間のかかる在庫管理も自動化を実現。重量センサーで残量を検知して、設定した数値を下回ると自動的に発注する仕組みで、食品やドリンク、釣り銭にいたるまであらゆるものに対応している。人流データからは、通りを歩く人数に対して入店者数の割合を計算することで、おはらい町における自店舗のシェアを算出できる。どのサイトを見て来たかなど入店動機を調べれば、より効果的にPRやイベントを企画することができる。価格設定についても同様だ。小田島社長は「値上げの際も、感覚ではなく、平均客単価のシェア変動をもとに判断しています」と話した。
DX推進によって、可能な限り自動化・省人化・省力化し、勘や感覚ではなくデータに基づく経営を進めたことで生産性が上がり、新しい事業に取り組む時間的・資金的な余裕もできた。その結果、現在では飲食店「ゑびや大食堂」の他、小売店「ゑびや商店」、テイクアウトの肉寿司屋台やあわび串屋台、オンラインストア「wyEBIYA」、そして、ゑびやのシステム開発部門を独立させた「EBILAB(エビラボ)」を展開している。
2012年当初、売上は約1億円、経常利益はほとんどプラスマイナス0だったが、現在はグループ全体で売上は約8億5千万円、経常利益は約1億円にまでなった。
従業員の働く環境も大きく変わってきている。「少ない人数で効率的に店舗運営できるようになり、休みもしっかり取得できて、給料も圧倒的に上がっています」と小田島社長。以前は月に6日ほどしか休みがなく、時給は三重県の最低ラインという状況だった。現在は完全週休2日制で、社員は有給休暇とは別に長期の特別有給休暇が取得できる。時給は1.5倍近くアップして、アルバイトにも賞与があり、社員の年収については男女関係なく日本の平均年収を確保できている。
衣里氏はDXを進めてみて、「DXで生まれた時間をどう使うかが重要と感じた」と話す。お客様アンケートの結果をすぐに反映したり、従業員の困りごとを解決したりと、経営者が本来やるべきことをきめ細かく行うようになったそうだ。
「ただDXを導入するだけでなく、そこからいかに泥臭く動くかで違いが出ると思います。データを使う一方、人間にしかできない部分も大切にしたい。せっかくのデータが宝の持ち腐れにならないようにしたいと思っています」と衣里氏。
1軒の飲食店からスタートし、約10年で複数の事業を展開し成長した有限会社ゑびや。小田島社長は、今後は海外向けの投資事業に力を入れたいと話した。得た収益をもとに、スタートアップ企業へのエンジェル投資を行っているのだ。
「これからは投資が我々の事業ポートフォリオのひとつになります。地方の中小企業が、海外で活躍する企業に投資をするというのも面白いですよね。それも日本企業の一つのありかただと思います」
商品にも事業にも“賞味期限”があると小田島社長。また、震災やパンデミック、世界経済の状況によって不測の事態が起こるかもしれない。それらの影響で一つの事業がダメになっても別の事業でカバーできるよう、事業ポートフォリオを分散化させておく方がよいと話す。
ゑびやの取り組みは、中小企業庁や厚生労働省のサイトで紹介されるなど、DX推進だけでなく、事業改革、働き方改革の面からも広く注目を集めている。「地方の中小企業や店舗ビジネスもまだまだ可能性があるというアピールになるのでは」と小田島社長。
「当時まだ20代でしたが、ゑびやの前に立ったとき、世の中にこういう店はたくさんあるだろうと思いました。私たちが地方の中小企業の“儲かり例”をつくって伝えることで、救える人がいるかもしれない。実際に、私たちの取り組みを見て新しいチャレンジを始めたという声も聞いています。この事例が一つの希望になればと思っています」