グランプリコマツ株式会社および同志社大学
コマツ株式会社 代表取締役 小松智氏
同志社大学 理工学部インテリジェント情報工学科 教授 奥田正浩氏
産学連携で壁紙AI識別アプリ
「かべぴた」を開発。
インテリア業界全体の課題解決にも
東大阪市を拠点とするコマツ株式会社は1976年創業。インテリア事業やスポーツ環境事業を中心に、設計、施工、資材販売などを行っている。内装工事では、使われている壁紙や床材の品番を識別しなければいけないことが多いが、「私が新人だった25年前とまったく同じ方法が続いていた」と代表取締役の小松智氏は話す。例えば、今と同じ壁紙でリフォームしてほしいという依頼があった場合、これまでは現場に行って何冊ものサンプル帳と照らし合わせ、何百とある壁紙のなかからメーカーや品番を特定しなければならず、ひとつの壁紙を識別するのに3時間かかることもあった。当然、移動にも時間・費用がかかる。「オーナー様たちと一緒に壁紙を決めても、実際に工事してみると微妙にイメージと違った…というケースも考えられます。後々クレームになる可能性が高いので丁寧に識別しなければなりません。また、せっかくインテリアに興味を持って入社したのに、いつまでも壁紙とにらめっこでは辞めたくなる人もいるでしょう。こんな状況を何とか改善したいと思っていました」と小松氏。人力ではなく科学技術の力で識別する方法を求めて自ら企画書を書き、18もの産学連携機関や大学に打診したという。しかし、照明の色や強度、影などによって見え方が異なる壁紙は識別が難しく、「今の技術では無理」と断られるばかりだった。
「同志社大学教授の奥田正浩氏も、当初は「面白い」と検討しはじめたものの、研究室の体制が整わないとの理由から一旦は断った。ただ、「壁紙識別ができれば建築業界に大きな波及効果を及ぼす」と聞いていたため、ずっと気になっていたという。その後、研究室に入ってきた学生が興味を持ったこともあり、再度検討することに。そして、「数ヵ月かけて基礎実験をしたところ、地道にやれば完成するのではという感触が得られ、小松社長に『やってみます』とご連絡しました」と奥田氏。こうして2020年秋から、産学連携によるAIを用いた壁紙識別アプリの開発が始まった。
このアプリが目指したことは、マンションやアパート、建売住宅などに使用される、いわゆる普及品壁紙の識別だ。一般に使われる壁紙の8割ほどを占めるといい、完成すればその影響は相当なものだといえる。しかし、普及品壁紙は白無地が多く、差異が小さいため、非常に識別が難しい。「人間を識別する場合はシルエットや目と鼻の位置などを手がかりにしますが、普及品壁紙は模様やテクスチャが不明確で、手がかりがほとんどありません。従来のテクスチャ分類ではここまでの細かな差異を識別できないため、一から壁紙専用の巨大なデータセットを作って識別手法を開発する必要がありました」と奥田氏は話す。
データセット作成にあたり、小松氏は国内大手壁紙メーカー6社の協力を得ることに尽力した。メーカーとしては競合関係にあるため困難もあったが、最終的には「業界全体のため」との思いを理解してもらったという。そして、コマツと同志社大学との共同で、これまでにない自動テクスチャ識別プログラム(特許第7594066号)を開発。2023年12月、高精度な壁紙識別ができる壁紙AI識別アプリ「かべぴた」をリリースし、現在は無料で公開している。
「かべぴた」は、スマートフォンで壁紙を撮影してアップロードすれば、該当すると思われる上位5つのメーカーや品番を表示する。誰でも簡単に使えて、その精度は90%以上。これまで3時間かかっていたものが数秒で済むため、オーナーや施主に撮影を依頼すれば、設計担当者が現場に行く必要もない。
「遠方の現場では移動時間がかかるため、壁紙の識別だけに1日かかったこともありました。しかも、『かべぴた』さえあれば、現地にいるお客様に撮影していただければ識別できます。当社の実績比較では、営業職1人あたり月に約9時間の労働時間削減ができ、労務費や移動距離、ひいてはCO2削減にもつながります」
実は、大手メーカーもこうした識別プログラムの開発に挑戦してきたが、実現には至らなかったそうだ。また、この研究成果は、本分野において世界最大規模の学会であるIEEE(アイトリプルイー/米国電気電子学会)が主催する国際会議で発表され、高い評価を受けた。
小松氏によると、大手メーカーでも「かべぴた」を利用しはじめているとのこと。普及すれば、インテリア業界全体における長労働時間や人材不足といった課題解消につながる。今後は、普及品壁紙だけでなく、一般品壁紙、床材やカーテンへの展開、さらには他分野への応用も可能だ。設計担当者や営業などの皆さんには、浮いた時間や余力をぜひクリエイティブなことに向けてほしいと語った。
「中小企業の社長は、『こんな道具・仕組みがあれば、もっとラクに作業できるのに』という思いを持っている方は多いと思います」と小松氏。「そのままにしているのはもったいない。当社のような学もコネもない会社でも、必死で取り組めばこれだけできます。私は“草の根DX”と呼んでいるのですが、大学などの協力を得て、末端事業者がいろいろなアイデアを形にしていけば、画期的なものができるのではないでしょうか」
東大阪出身という奥田氏は「中小企業の底力を知っているつもりでしたが、今回の共同研究で大手企業に負けないアイデアやニーズが潜在的にあるとよくわかりました。今後はそうしたアイデアと大学の技術をマッチングする活動もしたい。特に、なかなか手を出しにくいAIの分野で、大学が関わることによって中小企業を底上げできるのでは。その可能性を身に染みて感じました」と話した。
また、DXについて、小松氏は“諸刃の剣”的な側面があり、やみくもに効率化を求めるだけでは思った結果にならない恐れもあると話す。「大切なのは『目標を明確にすること』と『完遂するための思い』。DXそのものを目的にしてはいけないと思います。DXによって人をどのように幸せにしたいか、集団としてどうなってほしいかをまず設定にしておく必要があります。そして、その思いに共感してくれる人を探すことが大切ではないでしょうか」