女性活躍は成長戦略の中核
――三菱UFJリサーチ&コンサルティング
矢島 洋子 氏
問題意識を高く持ち、関西全体の変革を促す
三菱UFJリサーチ&コンサルティング
執行役員 主席研究員
矢島 洋子 氏
シンクタンクの主席研究員として、ワーク・ライフ・バランスやダイバーシティマネジメント、働き方改革関連の調査研究・コンサルティングを行う矢島洋子さん。2004~07年内閣府の男女共同参画分析官、15年女性活躍推進法に基づく行動策定マニュアル策定に従事し、日本企業の女性活躍推進に取り組む矢島さんに、D&I推進の現状と課題、「関西D&Iビジョン」への期待について聞いた。
――女性活躍推進法施行以降、D&I(女性活躍)に関する企業の動きはどのように変化しているのでしょうか。また現状をどう捉えていらっしゃいますか。
2016年の女性活躍推進法の施行当初は、女性の管理職登用や女性社員に対する啓発的な活動に力を入れる企業が多く、女性たちの奮起を促し、管理職に押し上げていこうという動きが見られました。しかし女性社員に働きかけるだけでは変化が起きず、マネジメントの変革が大事だということで管理職層の意識変革やスキル向上に取り組む企業が増えていったのです。その後もっと幅広く、全社的な働き方改革や人事制度、ビジネスモデルの見直しの必要性に気づく企業が増え、近年は役員層の研修に関する相談が増えています。役員の皆さんが女性活躍やダイバーシティの必要性を腹落ちし、自分の言葉で語れることが求められています。女性活躍推進の問題だけでなく、21年のコーポレートガバナンスコード改訂で多様性確保に関する項目が追加されたこともあり、D&Iに関する経営の責任について、認識が高まってきているように感じます。
加えて、コロナ禍における働き方に大きな変化がありました。テレワークや時短勤務を含め多様な働き方が広まったことが、女性活躍の後押しにもなっています。ただ、コロナが落ち着いてきた状況下で、テレワーク廃止など柔軟な働き方が後退する企業も見られます。有期雇用社員などと正社員との格差も開いており、現状を丁寧に見ていく必要があると考えています。
――女性管理職などの比率に大企業と中小企業で差はあるのでしょうか。
一般の統計では、大企業より中小企業の方が女性の管理職比率は高くなっています。以前から、中小企業は経営者の判断で柔軟な働き方を認めることができるため、女性が就業継続しやすいという特徴がありました。大企業では、女性社員の結婚出産による退職が多く、性別役割分業が起こりやすい土壌がありました。2009年に育児・介護休業法が改正され、企業に子を持つ社員に対する短時間勤務制度の導入や所定外労働の免除が義務づけられ、大企業の女性社員の離職がぐっと減りました。
今は就業継続の次のフェーズとして、大企業、中小企業含めて女性の活躍推進に取組んでいます。ワーク・ライフ・バランスも女性活躍推進も、中小企業には難しいというイメージがありますが、柔軟な働き方を認めることに対して、制度はなくても認められる中小企業と、制度を作らないと進められない大企業という違いがあるだけで、どちらがやりやすいということはありません。ただし、活躍推進のための研修等の実施については、中小企業が各社で実施することが難しい面があり、業界団体や地域での推進が必要です。
――女性活躍を推進するための課題は何だと思われますか。
ダイバーシティや女性活躍を進めていくうえで大事なのは、女性や外国人を多く受け入れることだけでなく、受け入れる組織自体が変わることです。子育て中でも短時間勤務やテレワークを使って柔軟に働くことができるか、柔軟な働き方を選択しても公正に評価されるか、昇進昇格の候補に挙がる基準が示されているか。要は柔軟な働き方を選択してもキャリアアップしていけるルートがあることが大事なのです。多様な働き方の推進と人事制度改革を女性活躍推進とセットで行うことが必要です。
多様な働き方を阻むのが、「うちは特殊だから難しい」という考え方。私がコンサルティングを行っている商社やマスコミ、IT企業でも、よく耳にするセリフです。とはいえ、一般的に激務とされる業界でも、人の配置を見直す、緊急時の対応をルール化するなど組織づくり進め、働き方改革を進めています。うちでは難しいと思考停止に陥らず、どうしたらできるのか、に目を向けてほしいと感じています。
――D&I推進のメリットは何だと捉えていらっしゃいますか。
よくメリットは何ですかと聞かれますが、まずは推進しないデメリットを自覚していただきたい。人口減少の中、男性だけを重点的に採用し、従来型のフルコミット可能な人材だけで組織をつくることはできません。実際、採用面で実感している経営者の方も多いのではないでしょうか。また、男性社員も自分の生活や家族を大事にしながら働きたいという志向にシフトしています。
社会構造や考え方が変化し、今後も加速していくなか、競争力を維持し続けるにはダイバーシティ推進は必須。私の認識では、「ダイバーシティを推進すれば業績があがりますか?」と聞くのは、「いい社員を採用したら業績があがりますか?」と聞くのと同じくらい愚問です。
企業の方々には、危機感を共有していただくと同時に、メリットについては、先行企業の事例を紹介することで肌で感じとっていただきたいと思っています。
――「関西D&Iビジョン」の策定段階から携わっていただいていますが、このビジョンに込められた思いをお聞かせください。
先にお話ししたように、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の意味は、多様な人材を受け入れるだけでなく、多様な人材が活躍できる組織環境をつくるということ。多様な人材が存在し、多様なまま受け入れられて、活躍できるという思いを「関西D&Iビジョン」には込めました。
目指すべき企業の姿として、女性採用比率40%以上、女性管理職比率30~40%とかなり高い目標値を掲げているのは、すでに一定程度水準の高い企業も含めて、関西圏全体で目指すところを示す必要があるという意味だと思います。男性育休取得率100%については、女性も男性も育児のための休みを取るのが当たり前という社会を目指してのポジティブアクションとしての目標であり、将来的には、誰もが自由に選択して取得できるようになることがゴールだと思います。
――関西からD&Iを推進していく価値をどのように考えていらっしゃいますか。あわせて企業のD&I担当者へのメッセージをお願いします。
関西には製造業が多く、女性の採用割合、管理職比率ともに低く、女性の部下を育てた経験のある管理職も少ない。そうした企業がD&Iを進めていくとなると、経営層、マネジメント層で女性が活躍するイメージを持ちにくいと想像します。それぞれの企業が個別にD&Iを考えていくのではなく、関西全体で変わっていくことを関経連が働きかけることに大きな意義があると思います。
我々の調査では、製造業の中でもグローバル展開をしている大企業の多くが変革を進めています。グローバル企業は、性別のみならず、国籍や文化の多様性を含む包括的なD&I推進の必要性を強く認識していると思います。そうした意味でも、製造業の多い関西から変革を促していくことに大きな可能性を感じています。