複数の役割を引き受けることで違う景色が見えてくる。
――川崎重工業 柿原 アツ子 氏
セルフダイバーシティで多様なものの見方を。
川崎重工業 執行役員 マーケティング本部長
柿原 アツ子 氏
入社直後の1985年5月に男女雇用機会均等法が成立。そこから三年後に総合職に転換。中国事務所所長を務めた後、本社CSR部長、市場調査部長などを経て2020年執行役員に就任。2023年5月、関経連D&I専門委員長に就任した川崎重工業マーケティング本部長の柿原アツ子さんに、これまでの経験から得たことやこれからの抱負を聞いた。
――これまでのキャリアから、ご自身でターニングポイントであったと思われる点をお聞かせください。
3つの観点でお話しします。1つ目は、励まし、引っ張り上げてくれる人との出会いです。当時、業界は特別人員対策も経験するような厳しい経営環境で、雇用均等法施行後とは言え、上司にとっても女性の登用はチャレンジングだったと思います。そういう上司やメンターと言える方との出会いは何度もあり、その都度階段を上るチャンスをもらいました。
2つ目は、学びの重要性です。21世紀に入ったころに海外駐在から帰って来たのですが、国も会社も停滞していて、これまでのOJT、現場経験だけではお役に立てないと思い、ビジネススクールに行こうと決めました。マーケティングや会計の知識に加えて、経営がどんな視点でなされるのかを学んだのが大きな収穫でした。虫の目から鳥の目が持てるようになったという感じですね。
3つ目は、無力感という経験です。新型コロナウイルスの感染が日本でも急激に拡大した2020年4月に拝命した執行役員職は危機管理もお役目のひとつでした。グローバルなバリューチェーンはもとより国内の事業所にすら有効な手立てが打てず、今までにない焦燥と恐怖を味わいました。何とかしたいと思いながら、何もできない無力感で、精神を削られる思いをしましたが、今では、ダメージで傷むことで精神に筋肉がついたと捉えています。
――男女格差を感じた経験があればお話しください。それをどのように乗り越えたのでしょうか。
一番印象に残っているのは、総合職に転換し、たまたま職場に一人でいた時、別の部署の人が来て「誰もおらんの?」と言われたことです。自分が労働力としてカウントされていないことを実感しました。当時は女性の役割認識は今より更に限定的だったのだと思います。
そのとき、仕事をしたいという気持ちがあっても、実績がなければ証明できない。実績を積み、皆さんに納得してもらえるように頑張るしかないと思いました。
時代が変わり、「女性には担当させられない」から、「女性だからやってほしい」と言われることも増えてきました。下駄を履かされているようだと拒否感を持つ人もいるかもしれません。でも下駄履き上等!「上手に履いてみよう」くらいの思いで積極的に役割を引き受けると、今までとは違う景色が見え、違う人脈ができ、世界が広がります。
――これまで様々な仕事や役職を経験されていますが、共通してご自身が大事にされている考えや信念を教えてください。
1つは、自分に足りないところがあれば、それを補うことです。ビジネススクールをはじめとして、自己啓発には時間もお金もかけたほうだと思います。最近ではなんとかの手習いでゴルフに手を出しました。マーケティング本部長になり、ゴルフをしてこなかったのは失敗だったかなと思っていたところ、関経連の女性陣のお誘いを受けて、この春からご一緒させていただき始めました。いくつになっても学ぶことに遅すぎるということはないと、認識を新たにしたところです。
もう1つは、先ほどお話しした虫の目と鳥の目に加えて、魚の目とコウモリの目を持つこと。魚の目は、時間の概念でこれからどうなるのかを予測する、つまり先を読む力のことです。コウモリは逆さまにぶら下がっているから世の中が逆に見えますよね。つまり見方を変える、常識を疑うということ。2つの目を活用した時間軸のある天邪鬼の思想を大事にしています。
仕事では、海外事務所のような前線で様々なステークホルダーと関わる部署と、CSR、コンプライアンス、リスクマネジメントといった部署を経験しました。どちらも私の仕事の大きな柱になっています。まったくベクトルも畑も異なる分野に携わることで、違う視点を持つことができたのがよかった。また、複数の得意技を持っていると、それぞれの立場で見える景色が違い、立体的なものの見方ができるように思います。いわばセルフダイバーシティという状態で、これはぜひともお勧めしたいです。
――中国など海外でのご経験も踏まえて、日本における女性活躍の現状と今後をどう捉えていますか。
中国では海外事務所の所長として、マーケティング関連の市場調査やビジネスの人脈づくりを担当しました。日本のように組織と組織の付き合いではなく、個人の関係を重視するのが大きな違いです。儒教的な考えも少しは残っていますが、共産主義の考え方では労働者としての男女の地位や価値は同じです。組織でも個人でもお金が稼げるのであれば、従業員やパートナーは男でも女でもよいという考えです。ですから女性が活躍することに違和感や拒否感はないように思いました。
日本では、まだ男性中心主義の呪縛には私たちが自覚しているよりも深く影響されています。今後、世代交代が進めばなくなると予想しますが、現状ではそういう意識があることを前提とした戦略が必要だろうと思います。
――働く女性へのメッセージをお願いします。
心配しすぎず、まずは一歩踏み出してみる。何もかも100点満点でなくていい、100%できなくてもよしとする。セルフダイバーシティで自分の中の多様性を広げる。この3つをお伝えしたいです。
日本の女性は自己評価が低いと言われますが、完璧を目指し過ぎているのではないでしょうか。今100点でなくていい、とりあえず一歩階段を上って違う景色を見てみるのもいいじゃないか、と気負わず取り組んでほしいです。仕事と家庭の両立も、仕事が7割、家庭が7割できれば、合わせて140%になるというぐらいのノリで如何でしょうか?
――当会のD&I専門委員長のご就任にあたり、ひとことお願いします。
私自身、D&Iを専門的に取り組んだことはなく、属する業界も先進的な取り組みで先行しているわけではありません。だからこそ、牽引するのではなく、皆さんと一緒に悩みながら考え、底上げしていきたいと思っています。そもそも女性が活躍しているとはどういう状態なのか、会社にとっての活躍と女性自身にとっての価値がリンクしているのか、根本のところから丁寧に見ていく必要があります。また、個人の考え方や価値観は、国や育った環境、ジェネレーションによって違うということもあり、女性活躍に向けたオールマイティな施策はないものと考えています。それらの認識を踏まえて皆さんと一緒に議論していければ嬉しいです。