多様なネットワークが変化に強い自分をつくる
塩野義製薬 取締役副会長
澤田 拓子 氏
塩野義製薬で開発部門を歩み、グローバル開発体制を構築し、医薬開発本部長や経営戦略本部長を歴任。2018年に国内製薬大手では初の女性の副社長に、22年には副会長に就任した澤田拓子さん。女性活躍を自ら実践し、23年から関経連副会長を務める澤田さんに女性活躍に必要な視点を伺った。
――これまでのキャリアから、ご自身でターニングポイントであったと思われる点を3つお話しください。
1つ目の転機は、27歳で新しい導入品の今で言うプロジェクトマネージャー(以下、PM)になったことです。内資系医薬品企業で女性のPMは初めて。社内外で抵抗があるだろうと、主要な方との最初の顔合わせには開発部門の取締役自らが同席の上で紹介して下さり、当該品目担当の研究部門責任者(部長研究員)とペアで業務にあたることになりました。
実際には、女性で困ったということはほとんどありませんでした。医薬品の開発では基礎や臨床研究を大学等の先生に依頼するのですが、先生方の目は海外を向いており、性別などより、世界に日本の科学・イノベーションを届けるためどうするべきかという高い視座をお持ちの方々でした。著名ながんや免疫の第一人者の先生方が更にその友人である海外の著名な研究者の方々を紹介して下さり議論することで私自身も視野を広げることができました。
2つ目は、出産して子育てをしていたときのことです。当時は東京勤務だったのですが、どちらの実家も関西で、保育所に加えてベビーシッターを頼んでいました。それを見て保母さんたちが時間外も預かって下さったことも。そのうち、夫の単身赴任が決まる一方、私は早朝からの遠距離出張もあり、いよいよ困った時に考えたのがご近所を頼ること。チラシ1,000枚を作って新聞販売店に配って頂き、保育所の送り迎えと食事をサポートして下さる方を募集。3家族がサポートしてくれ、以降、子供の小学校入学まで助けてもらいました。一人でできることには限界があり、周りの人たちに助けられて今の自分があることを痛感しました。
3つ目は、開発品の申請取り下げ等トラブルが続く危機的状況下で開発部長として変革プロジェクトを立ち上げたことです。5人の部門長等を巻き込んで5つの課題に対応するワーキンググループをつくり、危機感の醸成、透明性の確保、アーリーサクセス(初期段階での小さな成功体験)の仕込みなどを含め全体集会や本部員からの疑問や提案に対する対応まで、全てを開示するなど双方向コミュニケーションに努めました。その結果、皆徐々に自信を回復し開発プロジェクトもうまく回るようになりました。これは私の成果というよりも、部門長はじめ、開発メンバーの成果だと思っています。それまではあまりリーダーの役割について深く考えていなかったように思いますが、その役割を、「皆が共感できるようなビジョンを掲げ」、「透明性を持って双方向コミュニケーションに努め」、「全員で組織を変えること」だと実感しました。
――内部のコミュニケーションで男女格差を感じた具体例をお聞かせください。
PMに指名されたとき、他の開発品のPM(40代の次長)に呼び出され、その役目を辞退するようにと言われたことは印象に残っています。いつ辞めるか分からない20代の女性に開発の責任者をさせるのは会社としての見識に関わる、と。当時は、そんな時代だったのです。
ただ、「業務命令としてお受けした話ですので、そのように思われるなら直接任命した部長に言って下さい」と返しましたが、PMの重責を実感した事柄でもありました。
――これまで様々な仕事や役職を経験されていますが、共通してご自身が大事にされている考えや信念を教えてください。
「何をするのが最善なのかを見極める」それだけです。
医薬品は、承認されなければ世の中に提供できませんが、開発着手時には承認されるかどうかはわかりません。それでも、存在するデータと、対象疾患における医療ニーズのバランスを考え、開発を進めます。他業界と比較すると非常に低い成功確率ですが、価値を見極めるために必要なことであれば、どんどんやればいいし、そうでなければやる必要はない。常に最終的なゴールを念頭において仕事をしてきたので、どう評価されるかはあまり気にしませんでした。
――内資製薬企業の管理職を占める女性の割合は平均で12.5%(外資は25.0%)というデータがありますが、日本における女性活躍の現状と今後をどう捉えていますか?
女性管理職が増えてきており、障害は随分減ってきていますが、女性が働きやすいかどうかは、男性陣の中にちゃんと多様性が保たれているかに大きく依存しています。多様性で重要なことは、多様な意見や見識を受け入れ議論を進める中でイノベーションを起こして行ける環境があるかどうか、だと考えています。
日本市場は縮小傾向にあり、成長していくにはグローバル化が必要です。つまり、多様な人に対し、自分の言葉で説明し、議論する必要性に迫られることになるのです。今までの阿吽の呼吸を是とする考えが強い組織は改めなければいけませんし、男女関係なく論理的に自分の言葉で説明する力をつける必要があります。
多様な人が多様な意見を交わし意思決定していく、それがきちんとできる組織が生き残っていくのではないでしょうか。
――今後取り組んでいきたいことを教えてください。
変化に対応できる組織づくりです。企業を取り巻く環境の変化、とりわけ技術進化の加速がすさまじく、従来は5年ひと昔ぐらいでしたが、1~2年で陳腐化してしまいます。例えばCOVID-19のPCR検査は、たった1年間で革新的な変化を遂げ、迅速に簡単に検査できるようになりました。世界中が総力を挙げて解決しようとすると、これほどのブレイクスルーが起きる。既存の枠組みや従来のやり方にこだわり、「私のときは・・・」と発言する時点でアウトだと考えています。
――D&I推進担当者と働く女性へのメッセージをお願いします。
時代の変化が激しく、グローバル化が求められるなか、これからは中長期的なビジョンと広い視野をもって進めていくことが重要です。中でも重要なのがネットワーキング(異業種交流)です。いろんな機会を使ってネットワーキングをしてほしい。それができると否応なしに多様な人とコミュニケーションをとる能力も上がってきます。男性か女性かではなく多様性と広い視野が重要です。
変化が激しい時代、ロールモデルは必要ないと考えています。多様な人のやり方から自分に合うことを取り入れていけばいい。人真似ではなく、自分の頭で考えて、いいとこ取りをしていきましょう。
――関西経済連合会副会長就任にあたって抱負をお聞かせください。
社会課題を解決するためのエコシステムをきちんと作り出し、最終的には日本の成長に貢献したいと思っています。2025年の大阪・関西万博は、関西の活動を世界に知ってもらう最高の機会。関西中心で日本を盛り上げていきたいですね。