三菱UFJリサーチ&コンサルティング
執行役員 主席研究員
矢島 洋子 氏
日本企業の女性活躍推進において、「今一番重要な課題はなんですか?」と聞かれたら、私は「短時間勤務等の柔軟な働き方を利用して働く社員のマネジメントです」と答えます。2016年に施行された女性活躍推進法は、女性管理職を増やすことを目的としているとみなされがちですが、もっと広い意味で、企業の取り組むべき課題の重点を「両立から活躍にシフトさせること」を目的とした法律、と理解した方がよいと思います。そして、その「両立から活躍にシフトさせる」という意味をもっともよく象徴する取り組みが、短時間勤務等の両立支援制度を利用して就業継続する社員が、単に就業継続できるだけでなく、時間制約のある働き方のままでも活躍できるようなマネジメントを行う、ということなのです。
1.短時間勤務等柔軟な働き方の必要性
では、まず、なぜ短時間勤務等の柔軟な働き方を活用することが必要なのでしょうか。2009年に育児・介護休業法の改正で、「短時間勤務制度」が義務化されました。子が3歳までの社員が1日6時間の短時間で働くことを希望した場合、事業主は、よほどの理由がない限り、これを拒むことはできないという法律です。法律で決まっているから短時間勤務を認めざるを得ないと捉え、自社にとっての短時間勤務の有用性を認識していない企業経営者や人事担当者も少なくないようです。さらには、今は、女性を受け入れるために時間制約社員が増えているのは仕方がないが、いつかはまた、フルタイムで制約なく働く社員ばかりに戻せる時代がくるのではないか、といった期待を持ち続けている経営層もいます。しかし、人口が減少し、老若男女に活躍してもらう必要があり、ライフスタイルに関する価値観も多様化する先進国において、そのような時代がやってくることはありません。まずは、そう理解した上で、自社における短時間勤務制度の有用性を確認することから始めましょう。
2.女性の妊娠・出産時の離職を防ぐ短時間勤務制度
図1は、ライフステージの変化に応じた女性の働き方の希望を示したものです。20代から50代を対象とした調査結果です。出産し、子どもが小さな時期には、短時間で働く希望が多いことがわかります。そして、子どもが大きくなるにつれ、フルタイムだが残業のない仕事の希望が増えます。実際に、2009年に短時間勤務制度が義務化され、所定外労働の制限も導入されたことで、2010年代に、女性の妊娠・出産時の離職は減りました。みなさんもおそらく実感されているように、今では、正社員女性においては、妊娠・出産時の就業継続が一般化するに至りました。これは間違いなく、短時間勤務という働き方の選択肢が生まれたことの成果です。
もちろん、夫の転勤や家族の看護・介護など、他の事由が重なって、離職するケースはあります。また、両立支援制度はあるけれども、利用しにくい雰囲気があったり、職場の元々の働き方があまりにハードだったり、長時間働かなければ評価が得られない職場だったり、ということがあれば、女性たちは制度の利用をあきらめて、かつてのように妊娠がわかった時点で離職してしまったり、あるいはもっと早い時点で転職してしまう可能性が高くなります。そうなれば、新たな人を採用・育成するコストがかかります。
3.男性社員も求める制約ある働き方
図2は、先ほどと同じ調査で、男性の希望を聞いたものです。短時間勤務の希望は、女性ほど多くはありませんが、子が3歳未満までの時期には、17.8%が希望しています。このデータは20代から50代までの結果ですから、若い世代に限ればもっと高い割合になります。また、短時間勤務とはまでいかなくても、残業のない働き方の希望は多く、子どもを持つ前のような残業のある働き方を希望する人は極めて少ないのが現状です。同様の調査は、過去10年の間に何度か実施していますが、男性の働き方の希望は変化しており、男性もより柔軟な働き方を希望するようになって、男女の差が小さくなってきています。
4.必要なのは運用ルールの整備と周知
では、短時間勤務や所定外労働の制限といった制度を利用する、時間制約社員が活躍できる組織になるために、どのような取り組みが必要なのでしょうか。ひと言で言えば、「制度の運用ルールを整備してください」ということです。多くの企業では、短時間勤務制度はあっても、運用ルールが作られていません。制度とは、制度の利用事由、利用期間(子が何歳まで利用可能か)、短縮できる時間(法定の6時間以外の選択)、短縮時間に応じた基本給、賞与の控除、などを指します。一方、私が運用ルールと言っているのは、①制度利用者の業務配分の考え方、②利用者の目標設定・評価の基準、③利用者の昇進・昇格基準(フルタイム勤務者と同じか否か)、④周囲の同僚によるサポートの在り方とサポートした同僚の評価、などです。
①の業務配分の考え方は、「質は変えずに量を勘案する」が基本です。短時間勤務制度利用者は、等級が下がるわけではないので、期待役割(質)は変えるべきではないですし、働く時間が減ることで基本給が下がりますので、仕事量は減らすべき、なのです。②の目標設定は、①の仕事量を勘案して、フルタイムとは異なる短時間勤務なりの目標設定とし、評価においては目標を達成すれば、フルタイムと同じ評価をつけていただくことが公正です。上司などは、周囲のフルタイム勤務者との相対比較で、短時間勤務者の評価を修正しがちです。しかし、賞与を計算する段になれば、フルタイム勤務者と短時間勤務者に同じ評価がついていたとしても、基本給が低い分、短時間勤務者の賞与の絶対額はフルタイム勤務者よりも低くなります。そうした構造を上司に説明し、評価にバイアスがかからないようにすることが必要です。③昇進・昇格基準についても、特別に検討せず、フルタイムと同様とされていることで、実際には昇進・昇格対象から短時間勤務者が外されてしまっていることがあります。特に、管理職登用に際して、短時間勤務者がどのような要件を満たせば候補となるのかを検討することが必要です。④の周囲の同僚によるサポートについては、短時間勤務制度利用者のいる職場には新たな要員が配置されることは少なく、周囲の同僚がサポートしている場合が多い状況ですので、サポートの在り方について決めておくことが必要です。周囲の同僚に期待するサポート業務の内容を、上司がコミットして明確に設定し、サポートしたことについてはしっかりと評価に反映させることが重要です。
短時間勤務者は、責任ある仕事ができなくても、キャリアアップができなくても仕方がない、といった考え方が、経営層や人事、管理職層の中にあるため、こうした運用ルールが検討されていません。そう考える背景には、「フルタイムで残業ができる働き方」で組織にフルコミットできる人でないと「正社員」として働けない、といった認識があります。また、子育てしながら働く女性がキャリア形成に消極的になることは、本人の意識の問題なので変えようがない、といった見方があります。しかし、実際に上記のような運用ルールを明確にし、管理職のマネジメントに反映させた組織では、制度利用者は、限られた時間の中でも意欲的に期待役割を果たそうとし、より積極的なキャリア形成をはかるようになります。周囲の同僚もサポートが評価されることで、より納得感を持って協力できるようになります。
今後、子育てだけではなく、介護や傷病治療と仕事の両立のためや、増加するシニア層の体力不安などの事由により、短時間勤務等の制約ある働き方のニーズは増加していくとみられます。短時間勤務のマネジメントができれば、所定外労働の制限はもちろん、フレックスタイム、テレワークなどの柔軟な働き方のマネジメントもしやすくなります。勤務態度や働く時間の長さではなく、仕事の質と量をベースとした目標設定に基づく評価ができるようになるからです。
フルコミットできる社員だけで構成された組織を基準として運用ルールを設定していては、制約ある社員は活躍ができず、フルコミット社員も疲弊していってしまいます。多様な働き方をする社員を前提として、どのような働き方を選択した社員も能力発揮や積極的キャリア形成が可能であり、互いに協力しあえる組織をつくる、というマネジメントにシフトすることが必要なのです。