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2024.12.26 オピニオン

「仕事か家庭か」を超えて ~日米比較で考える新しいキャリアの形~
――同志社大学 グローバル・コミュニケーション学部 教授 中村 艶子 氏

同志社大学 グローバル・コミュニケーション学部 中村 艶子 教授

同志社大学 グローバル・コミュニケーション学部
中村 艶子 教授

「日米の架け橋となる仕事がしたい」と、米国リゾートホテル管理職、同時通訳者などのキャリアを経て大学での教育・研究職に就いた同志社大学の中村艶子教授。日米の女性労働を研究する中村教授に、仕事(ワーク)と生活(ライフ)を相乗的に高めていく「ワークライフ・インテグレーション」を実現するために必要な視点を伺った。

――これまでのご経歴と、女性の働き方やキャリアを研究するきっかけとなったできごとがあれば教えてください。

 高校生の時にアメリカへ短期留学し、その頃から日米の架け橋になるような仕事がしたいという夢を抱いていました。就職したのは男女雇用機会均等法施行の直前で、女性の学生には求人がほとんどない状態。高校の英語教員として3年働いた後、アメリカに留学し、大学院で翻訳・通訳を学びました。ハワイのホテルで働いていた時、部課長会議に出ると、出席者は男女半々で国籍もさまざま。当時の日本にはほとんどいなかった女性管理職が大勢いたのです。日本との違いに驚いたことが、日米の女性労働の違いを解き明かしたいと思ったきっかけでした。その後、通訳の仕事を経て大学教員の職に就き、研究や教育、社会活動を続けています。

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――「ワークライフバランス」と「ワークライフ・インテグレーション」の違いと、望ましい社会のあり方を教えてください。

 1990年代のアメリカでは「ファミリー・フレンドリー」という概念が広まり、企業が優秀な人材を確保するために、社内に保育所を設置する、フレックス制度を導入するといった取り組みが行われていました。その後、家族(ファミリー)以外のさまざまな生活の側面も含めた「ワークライフバランス」という用語に変化。私はその考え方に注目し、日本に紹介しました。日本でも2010年頃には定着してきた一方、仕事と生活という二つの領域のみで働く人々を支えるには限界があることも見えてきました。たとえばコロナ禍で保育所や学校が一斉閉鎖となった際には、個人の努力でバランスの取れた働き方を維持するのは困難でした。そこには政府・企業のサポートが欠かせません。私が提唱する「ワークライフ・インテグレーション」は、仕事と生活を統合し、個人の努力だけではなく、政府や企業の社会的な支援によって、働く人を包括的に支える体制です。これにより、長時間労働の解消や、個人のニーズへの配慮、フレキシビリティのある働き方などが実現し、個人が輝ける社会になることが望ましいと考えています。

――日本とアメリカにおける女性のキャリア形成の違いを教えてください。

 意外に思うかもしれませんが、1950年代のアメリカでは、専業主婦が女性の生き方のベストと考えられており、大学を中退し結婚、主婦業に専念する女性が多くいました。その後、60~70年代の女性解放運動やメディアの影響などにより、女性が自立を目指す風潮が広がりました。1972年には公民権法第9編により、教育の場での性差別禁止が定められ、進路選択においても男女平等が浸透していきました。専門性を身につけたいと修士号を取得する女性も増えました。依然として「ガラスの天井」によって望むキャリアを阻まれることもあるとはいえ、総合的に見れば、企業による働く人のサポートなどは日本より充実していると言えるでしょう。実際に多くの女性が仕事に就いており、アメリカにおける専業主婦の割合は女性全体の7%です。

 それに対し、日本における専業主婦の割合は女性全体の52%(20〜64歳では25.5%)です。背景には、国や企業による働く女性へのサポート体制の不足などが挙げられますが、より強調したいのは、就業意識の側面です。日本の女性の場合、周囲にメンターやロールモデルが少なく、仕事や将来像のイメージが描けずに迷っている人が非常に多い印象です。早いうちからキャリア教育を充実させ、働くことへのイメージや目的意識を持てるようサポートする必要があるでしょう。

 教育は非常に重要です。オバマ大統領がSTEM教育を推進して科学・IT分野の人材育成に力を入れたのに対し、日本は遅れをとっており、理系に進む女性の割合はアメリカに比べて低いのが現状です。

――アメリカ企業でのD&I推進に関する先進的な事例を教えてください。

 1988年にフォーチュン誌の「最も働きがいのある企業」に選出されたアメリカのソフトウェア企業・SAS Institute社は、非常に充実した福利厚生で知られています。有給休暇やフレックスタイム、医療やメンタルヘルスのサポートのほか、社内では無料のランチやスナックが楽しめ、保育所やフィットネス施設、美容院までそろっています。離職率は6.4%と非常に低く、業績面でも45年連続で黒字を達成しています。従業員への手厚いサポートによって優秀な人材が長く働き続け、業績も上がるという好循環を生み出していると言えるでしょう。アメリカでは、こうした突き抜けた取り組みも行われています。

――D&I推進担当者と働く女性へメッセージをお願いします。

 日本では、子育てを理由に専業主婦やパートタイム労働を選ぶ女性がまだ多いのが現状です。家庭で子育てに専念するのも個人の大切な選択ですが、その前提として、働きたい女性が働ける環境であることが重要です。

 国の政策も、まだ課題はあるものの、企業主導型の保育所の増加、男性の育児休業取得率の増加などが進んできています。ワークライフ・インテグレーションが進めば、子育てや介護など働く女性がハンディだと感じることに対して国や企業のサポートがあり、思い切り仕事ができるはずです。女性がキャリアを通して自己実現し夢を叶えられる、そんな社会をつくることができるのです。