
島津製作所 常務執行役員
梶谷 良野 氏
海外出向やグループ会社社長、広報や人事の担当役員等を経て、法務・ダイバーシティ経営担当・健康経営担当としてグループのDE&Iを推進する島津製作所 常務執行役員の梶谷良野さん。同社におけるDE&Iの取り組みを牽引してきた梶谷さんに、これまでのキャリアやDE&Iに関する考えを聞いた。

――これまでのキャリアのなかで、ターニングポイントとなった出来事を3つ教えてください。
1つ目は、31歳のときにシンガポールのグループ会社へ出向したことです。まだ「グローバル」という言葉も一般的ではなかった時代、日本と現地での考え方や感じ方の違いを実感しました。赴任当時、日本本社から見てシンガポールは多くの課題を抱えており、改善が必要であると考えていました。しかし現地に行くと、日本本社のさまざまな課題とそれに関連した問題を抱えるシンガポールの実情が見えてきました。物事を多面的に見られていなかったことに気づき、日本の視点、シンガポールの視点を超えて、課題解決のためにどうすべきか、俯瞰して物事を見る必要性を学びました。
2つ目は、島津グループの貿易業務を担う国内のグループ会社の社長に就任したことです。全グループ会社の社長の中で、女性は私一人。経験値も足りずプレッシャーも大きかったのですが、グループの中で果たすべき役割は何か、そのために自分ができることに取り組もうと考えて、中期経営計画を立てました。しかし、方針を立てて「さあ、やりましょう!」と言っても、浸透させるのが難しい。一方的に説明するのではなく、管理職を巻き込んで話し合い、計画へ反映させていくことで意識を高めることができました。組織の課題に向き合ってきた現場を離れ、経営者視点で現場をどう動かすかを経験でき、また一つ視野が広がりました。
3つ目は、グループ会社の社長から本社に戻って広報担当の役員になったことです。これまで貿易畑を歩んできた私にとって畑違いの分野。一体何ができるのだろうと悩みました。そこで、自分が今までやってきたことの棚卸しをして、これからの仕事に活かせるもの、足りないものは何かを考えました。実際にマネジメントや組織づくり、方針策定の際の考え方など活かせるものがあると気づきました。広報としての専門的な知識など足りない部分は、素直に周囲に教えを求めて補いました。仕事が変わってもそれまでの経験は活かせるのだと、キャリアについての考え方が少し変わりました。
――これまでのお仕事やご経験のなかで、共通してご自身が大事にされているお考えや信念を教えてください。
「あきらめない熱意」です。どうせやるなら熱意を持って、しぶとくやるのがいい。目の前のことだけではなく、遠くを見てあるべき姿を描き、時間がかかってもそこに向かうことが大切だと思います。途中で迷ったときも、「あるべき姿」に立ち返るようにしています。
どのような状況でも、きっと自分にできることが何かある、そう信じることも大切です。自信がなくても、置かれた状況の中で自分がやるべきだと思うことを、自分なりに工夫してやるようにしています。それで失敗したときは良いところ探しをします。ここはよかったとか、次はこうやったらいいよねとか、失敗の中の良いところを探せば、次につながります。
――女性や外国人といった属性を超え、経験や価値観など、個人の多様性を活かした企業経営や組織運営を行うために、何が必要だと考えていますか。
多様性の本質は、個々の考え方や価値観の違いを認めることです。また、企業として重要なことは、多様なアイデアや知見を受け入れ、そこから最適解を導き出すことで、意思決定の質を向上させること。そのためには、自分のアンコンシャスバイアスに気づき、対処したり、心理的安全性を高めたりすることが必要です。日本ではまだ、男女ともに性別役割分担意識が強いと言われます。他者に対して抱く「あなたはいつもそう」という思い込みも、アンコンシャスバイアスと言えます。無意識なだけに根深いものですが、自分にはバイアスがあると気づくことが重要。当社ではアンコンシャスバイアスを認識するための研修を実施しており、社員の間でも「今のとらえ方はアンコンシャスバイアスではないか」と自ら振り返る意識が芽生えるようになりました。
組織においては、属性によってキャリア形成などの機会にギャップがあるなら、補正していく必要があります。女性活躍というと「女性管理職が○%」という話になりがちで、そういった目標も変化の計測としては大切ではあるものの、管理職の比率だけがDE&I推進ではありません。それぞれの強みを活かして、自律的にキャリア形成できる機会が公平に与えられていること。結果の平等ではなく、機会の公平が重要です。
組織の意識や考え方を変えることは簡単ではありません。そこで大事なのは、トップや経営層がどうコミットするか。「我が社はこれをやっていく」としっかり発信してもらうことも、現場での推進と合わせて欠かせません。
――今後力を入れていきたいことをお聞かせください。
一人ひとりの強みを活かすDE&Iを、グループ全体に浸透させ、現場でダイバーシティマネジメントを実践してもらうことです。2021年に人事・ダイバーシティ経営・健康経営担当になり、イベントや研修などを通じてDE&Iの推進に努めてきました。しかし、社員一人ひとりにまで理解が浸透しているかというと、まだまだです。これからは私たち推進メンバー主導ではなく、各現場で取り組んでもらうことが重要だと考えています。国内外のグループ会社に、各社のDE&Iの目標設定を促すなど、島津グループ全体での取り組みを行っています。また管理職を対象としたダイバーシティマネジメント促進の取り組みも開始しました。一人ひとりがDE&Iについて理解し、自分事として取り組み、DE&Iが根付いた企業文化をつくっていきたいです。
――働く女性、DE&I推進担当者へのメッセージをお願いします。
キャリアアップというと、何か大きなチャンスがあってステップアップするというイメージがありますが、必ずしもそうではありません。日々の目の前にある仕事や、偶発的に起こったことにどう向き合うかが大切で、その中にターニングポイントがあります。組織として目指す方向性や、その中での自分の立ち位置などによる制限はあっても、物事を俯瞰してあるべき姿を考え、課題に対して自分ができることをやっていく。組織の中ではすぐには変えられないこともありますが、こうあるべきだと思う部分は見失わずに、信念を持ってやり続けてほしいです。
そして、「100点を取らなければ」と思わないこともまた、大切ではないでしょうか。10点でも20点でも、できたことはできたこと。失敗してもそこから学び、できることを少しずつ積み重ねていけば、きっと次につながります。

自分事ダイバーシティを目指し、全社員に配布した「島津グループDE&I基本理解ハンドブック」。
各現場のチーム学習や、DE&I研修で活用している。