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Kansai D&I News
2025.10.31 オピニオン

組織と人をつなぎ、会社の戦略と人材をつなぐ
人事・ダイバーシティ推進担当者の役割と実践へのヒント
――早稲田大学 商学学術院  教授 谷口 真美 氏

早稲田大学 商学学術院 谷口真美 教授

早稲田大学 商学学術院
谷口 真美 教授

企業が取り組むべき「深層のダイバーシティ」とは何か。ダイバーシティ・マネジメント研究の第一人者である早稲田大学商学学術院の谷口真美教授に、3回にわたってお話を伺います。第3回では、企業の人事担当者やダイバーシティ推進担当者の役割や実践のヒントなどについて聞きました。

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――ダイバーシティの推進にあたっては、現場の受け止めが「総論賛成、各論反対」になることがあります。このような際に人事担当者やダイバーシティ推進担当者はどのように働きかければよいでしょうか。

 「総論賛成、各論反対」になるときには、大きく分けて二つのケースがあります。一つは、現場が表向きには賛成しているものの、自分の利害が関わってくると反対するケース。この場合、本音では総論にも納得しているわけではなく、周囲に同調して形だけ賛成しただけといえます。この場合は、「総論賛成」に甘んじず、改めて説明、説得を行う必要があるでしょう。

 二つ目は、考え方に真に賛成しているものの、実践に苦慮している場合、つまり、「ダイバーシティ推進」「既存事業の維持」という二つの方向性の間で、板挟みが生じ、現場が身動きできなくなっているケースです。これは、現場に対する働きかけ方に課題があります。現場は、「ダイバーシティを推進し、多様な知と経験を生かしてイノベーションを作れ」とハッパをかけられる一方、既存事業を守る役割もそのまま担わされていることが多くあります。これは、短期的には相反するミッションを同時に押し付けられている状態です。人事やダイバーシティ推進担当者からはマインドセットを変えるよう言われるけれど、変えてすぐに効果が現れずに既存事業の収益が下がったら、自分の評価も下がってしまう。また、多様な知と経験を生かすという掛け声のもと、中途採用でスキルを持つ人材が加わったとしても、その人材をどう生かすかは現場に一任されることもあります。

 このようなジレンマを解消するためには、多様性を生かして新規事業を推進する部署と、既存事業を守る部署は分けて、評価の仕組みも変える必要があります。組織的に分離し、役割に応じたインセンティブを与えることが大切です。そういった組織的な仕組みがないのに「多様性を生かすようがんばって」と丸投げされている状態では、リーダーやマネージャーの負担が大きすぎるでしょう。人事やダイバーシティ推進担当者は、組織の中のダイナミズムが上手く働くように介入していくことが必要です。

――制度としては整っているものの、現場の風土や文化が追いつかない場合があります。このギャップを埋めるために人事担当者やダイバーシティ推進担当者にできることは何でしょうか。

 風土や文化が追いつかないというのは、先ほどの現場への丸投げの話に通じます。例えば、マイノリティ人材の登用に関連する制度によって人が採用されても、現場の側で既存事業を維持することにばかり目が向いていれば、その人たちを活用するところまでには至らないでしょう。そういう場合は、新たな人材と協働して成果を出すことに対してインセンティブを与える必要があります。評価を含めた仕組みを変えるのです。

 いくら研修で「意識を変えよう」と聞かされても「多様性って大事なんだね」で終わってしまいますが、評価が関わってくると行動も変わります。多様性への取り組みがどう仕事の結果や業績につながり、自分の関与がどう評価されるかを明確にして、マジョリティにも影響が及ぶ形で制度を作っていくことで、他人事にさせない仕組みが大事です。

――経営トップにダイバーシティ推進の意識を持ってもらうために、人事担当者やダイバーシティ推進担当者ができることは何でしょうか。

 ダイバーシティ推進による収益への貢献を合理的に説明する力が必要です。ダイバーシティ推進にはリスクとベネフィットがあります。リスクとしては、部署間や従業員間の対立やコミュニケーション不全、それに伴う意思決定の遅れなどが挙げられます。ベネフィットとしては、イノベーションの創出などです。それらを天秤にかけ、ベネフィットが大きいと判断した会社は取り組みます。その際、当然ながら自社を取り巻く事業環境を分析しなければなりません。複雑化し、かつ不安定な事業環境におかれているのに、リスクにばかり目がいき、現状維持を最優先に考える会社は取り組もうとしませんが、それではいずれ事業規模の縮小につながってしまうでしょう。一方、イノベーションの創出によってそういう局面を打開できる可能性が広がります。ダイバーシティ推進担当者は、リスクとベネフィットの両方を説明し、リスクを抑えるためにどんなことができ、ベネフィットはどれくらい大きいのかを論理的に説明することが求められます。感情論だけでは真の理解は得られません。

 また、自社にどのような人材がいるかをきちんと把握しているのは、トップよりも、人事やダイバーシティ推進担当者です。自社にどのような知と経験を持つ人材がいて、新しいビジネスを行っていくためにさらにどのような人材を確保する必要があるのか。そういったことをトップに提案するのも役割の一つと言えるでしょう。

――人事担当者やダイバーシティ推進担当者へのメッセージをお願いします。

 新型コロナ禍のような大きな環境変化があると、企業は受動的に適応する態度と、逆に能動的に変化を超克しようとする態度に分かれます。今、経済の低成長が続く中、多くの日本企業で環境変化に受動的に適応することに重きが置かれ、新規事業やイノベーションに目が向きづらくなっています。しかし、そういう時にこそ、多様性を生かして他社とは違うことに取り組むのが戦略的に勝つ方法であり、企業としての競争優位につながります。

 ダイバーシティ推進担当者は、研修などを企画・実施することだけが仕事ではありません。より重要な役割は、組織と人をつなぐこと、会社の戦略と人材をつなげていくことです。よく「現場から文句を言われる」と耳にしますが、なぜそのような声が出るのかを考えて理解し、皆が取り組みやすく、事業成果に結実するように働きかけることが必要です。現場の側も、「忙しいのにいろいろやれと言われる」と腹を立てるのではなく、自分たちの状況や困っていることを内省して人事や推進担当に伝えてほしいと思います。こんなに難しいことを要求されている、評価と合っていないのではないか、などと話し合うことができれば、ポジティブな変化につながるでしょう。

 本来、イノベーションや新たな挑戦はワクワクすることであるはずです。組織として、皆がそんなポジティブな方向に目を向けられるように働きかけていってほしいと思います。